環境配慮型ライフスタイルを促進するコミュニケーションの検討:国際比較実験を用いて

研究概要

①研究の学術的背景

地球温暖化による気候変動が深刻な問題になっている現代において(IPCC, 2013)、環境配慮型ライフスタイルの普及は重要な課題である。省エネなどの環境配慮行動は、どのように社会の中で広まっていくのだろうか。これまでの研究では、環境配慮行動は個人の価値観のみによって決まるのではなく、他者との直接的な交流によって影響されることが指摘されている(e.g. Everett & Peirce, 1991; 野波ほか, 1997; 安藤・広瀬, 1999)。また近年では、多くの他者がその行動を取っているという記述的規範(Cialdini et al. 1991)が、環境配慮行動に影響を及ぼすことが示されている(e.g. Göckeritz et al. 2010; Schultz et al., 2007; Nolan et al., 2008)。

研究代表者はこれまで、親から子への世代間での環境配慮行動の伝播、及び他者の行動やコミュニケーションを通じた環境配慮行動の伝播の文化比較の研究を行ってきた。その結果、親から子への伝播の研究では、親が環境配慮行動を実行しているかどうかが子どもの環境配慮行動に大きな影響を及ぼすこと、そのプロセスは日独で共通していることが明らかになった。このことは、他者の行動を観察する、という観察学習(Bandura, 1977)が環境配慮行動においても大きな役割を果たすことを示している。

しかし、家族以外の他者については、家庭内で行う環境配慮行動がどのように実行されているかは外からわかりにくい。友人同士のペアを用いた調査では(安藤ほか,2015)、友人の実行度よりも実行度認知の方が環境配慮行動に及ぼす影響が強く、また会話が実行度認知に影響を及ぼしていた。つまり、他者の環境配慮行動は常に観察可能であるとは限らないため、他者との環境コミュニケーションが環境配慮行動を広める上で重要な要因であるだろう。

そこで本研究では、環境配慮行動を広めるコミュニケーションの効果を実験的に検討する。環境配慮行動の説得的コミュニケーションにおいては、杉浦(1998)が「エコロジーダイヤル」という電話料金制度を勧める際に、メッセージを友人、企業、環境団体のいずれかから受け取るという実験を行っている。メッセージの内容は環境、または経済性を重視したものであった。その結果、友人からのメッセージでは環境重視の方が効果が強かった。本研究では、省エネ製品を開発する企業、または親しい友人のいずれかから新しい省エネ製品(LED電球)を勧められるという場面を設定し、異なる文化間での環境コミュニケーションの効果を検討する。

さらに本研究では、自分がメッセージを受け取る側になった場合のみでなく、自分がメッセージを発信する側になった場合のロールプレイの効果を検討するためゲーム形式の実験を行う。実験参加者は架空の省エネ製品を考案し、それを周囲の他者に対して売り込んでもらう。その際に経済性重視のメッセージ、または環境重視のメッセージを伝える群を設定する。相手を説得することによりコミットメントが生じ、自分自身の態度が変化するという影響があることが指摘されている(杉浦・本巣,2013;Lokhorst et al., 2013)。自己知覚理論(Bem, 1967, 1972)からは、環境重視のメッセージを伝える場合には、自身が環境保全を重視しているという知覚に結びつき、他の環境配慮行動にも促進効果が見られると予測できる。一方、経済重視のメッセージを伝える場合には自己知覚が変化せず、他の環境配慮行動に結びつかないだろう。

また、環境コミュニケーションのあり方は文化によって異なることが想定される。文化比較の研究では、日本を含むアジアでは、他者と良い関係を維持することが重視されているのに対し、北ヨーロッパや北アメリカでは、個人の価値観を重視することが指摘されている(e.g. Markus & Kitayama, 1991)。環境配慮行動においても、日本では重要な他者からの期待である主観的規範の影響がヨーロッパよりも強いことが示されている(Ando et al. 2007; Ando et al. 2010)。本研究では文化によって友人からのメッセージの効果が異なることを検証する。

②研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか

1.メッセージの効果に関する国際比較実験 メッセージの効果を実験的に検討することにより、日本・中国ではドイツよりも友人からのメッセージの効果が強く、いずれの国でも環境性重視のメッセージの方が経済性重視より環境配慮型ライフスタイルの伝播に効果があるという仮説を検証する。さらに友人自身が実行しているという記述的規範の影響との比較を行う。省エネ製品は経済性と環境保全の両方のメリットを持つ場合が多いが、杉浦(1998)の研究より、メッセージの送り手と内容に矛盾がない場合に最も説得の効果があると予測できる。また経済性を重視したメッセージの場合には、自己の経済的価値観を活性化させることになり、その商品への評価は上がっても、他の環境配慮行動への伝播は生じないと考えられる(Evans et al., 2013)。

文化による違いを比較するため、アジア文化圏として日本と中国、西洋文化圏としてドイツにおいて実証的研究を行う。それにより、それぞれの文化において効果的な環境コミュニケーションのあり方を検討する。

2.メッセージの発信者となる効果の国際比較実験 参加者がゲームという形で周囲の人に対して省エネ製品を勧めるメッセージを発信することにより、自身に対する知覚の変化が生じ、環境配慮型ライフスタイルの実施意図が高まるという仮説を検証する。なお、その効果は環境重視のメッセージを伝える場合により顕著となるだろう。周囲の他者との会話は環境配慮行動の伝播に重要であるが、日本では友人との環境コミュニケーションが少ないことが一貫して示されている(Ando et al., 2015)。しかし、ゲームという形でメッセージを伝える側になることにより、自己への認知が変化し、他者との環境コミュニケーションが促進されると考えられる。コミュニケーションのあり方、発信者の意識の文化による特徴を比較し、日本において環境コミュニケーションの抵抗感を減らすための解決策を模索する。

③本研究の学術的な特色・独創的な点

環境コミュニケーションの効果測定は環境配慮型ライフスタイルを社会で普及する上で重要な研究課題であるが、杉浦(1998)の研究以降日本で省エネ行動や省エネ製品を勧めるメッセージの効果に関して実証的に行われた研究は少なく、文化比較の視点を持った研究はほとんど見られない。実際の小売り現場において省エネ製品の販売に際しては経済的なメリットが強調される場合が多い(Evans et al., 2012)が、そのことが他の環境配慮行動を減少させるという指摘もある(Thøgersen & Crompton, 2009)。近年でもHEMSやスマートメーター、電気自動車など新たな環境配慮型製品や技術が生まれているが、まだ社会での認知度は低い。本研究の成果は既存の省エネ製品のみでなく、今後も生まれてくる新しい環境配慮型製品や技術をどのように社会の中で普及していくかという問題に応用可能であり、温室効果ガスの削減がこれまで以上に必須となっている現代において、非常に重要なテーマである。

また、環境問題は世界全体で対処が必要な問題であるが、他者とのコミュニケーションが環境配慮型ライフスタイルに及ぼす影響について、系統的に文化比較を行った研究は非常に少ない。特に中国の環境問題は近年注目されてきているが、中国での環境への意識や行動について、マス・メディアや周りの他者からの影響などマイクロな側面についてはほとんど明らかにされていない(宇ほか,2005,2006)。研究代表者によるこれまでの研究からは(Ando et al., 2015)、日本よりも他者との環境コミュニケーションが盛んであると予想される。ドイツは、Dual System Deutschland (DSD)などヨーロッパの中で先進的な環境政策で知られており、一人あたりCO2排出量も日本より少ない(International Energy Agency, 2014)。これらの国々でのデータを収集することにより、日本での課題を解決する上でのヒントが得られると期待できる。またそれぞれの文化により適した環境コミュニケーションのあり方を提案し、本分野における国際的な貢献を行う。

 

Andos Lab